ビグマユの世界一周ブログ

2019年4月から、世界へ🌎

【最終話】デリーのゲストハウスまでたどり着け!!

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ニューデリー

目次


 

 

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インドにやってきたよ。インドはヨガの発祥地。インドの首都デリーから鉄道で8時間ほどにある町、リシュケシュで国際的なヨガの資格RYT200を取得したい!インビグマユインド奮闘記。(前回からの続き。最終話)


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深夜のデリー空港に到着し、空港で一夜を明かすことに。寝まいと目を見開いていたのに、眠ってしまったようだ。わたしを呼ぶ声がする。

 クリーニングのため一時退避

モップを抱えているインド人の男の人が目の前にいた。「クリーニング。クリーニング」といいながら、あっちへいけというジェスチャーをしている。しまいには、空港のセキュリテイーの人も一緒になって、空港泊している人を追い出していた。こんなに、たくさんの人があつまっていたのか!とびっくりしてしまうくらいの人が出てきた。わたしもその列に混ざって外へ出ると、ほとんど皆出国ゲートの中に入っていった。彼らは、行きのチケットを持っているらしかった。わたしは当然、中には入れないので、その場に立ち尽くす。ふらふらしているとセキュリティーにあっちへいけと言われた。悲しくなってくる。

 

わたしだけではなく、あと10人ぐらい行き場を失った人がいた。みんな途方にくれた顔をしている。その人たちはとりあえず、近くの手すりに腰掛けて物思いに耽っていた。20分ぐらいたった。クリーニングを終えたらしく、手すりから離れてぞろぞろ入っていく。わたしも一緒になって、中に入ると一番奥の陰になっているところに行けと指図をする人がいた。わたしたちはそこで一夜を過ごせそうだった。

 

朝の4時半に行動開始

寒さで目が覚めた。上着を着ているのに、体の芯から冷えていた朝の4時半。3時間程寝れた。トイレに行き、歯を磨く。清掃員の女性が鼻歌を歌いながら、トイレのチェックにきた。

 
メトロを利用してニューデリー駅に向かう予定だったことと、冷房の部屋にい続けることは不可能と判断して空港の外へと繰り出した。まだ夜が明けておらず、辺りは真っ暗だった。ポツンと1人歩き出す。
 
メトロの看板を追い続けたら、一般道に出てきてしまった。タクシーやらトゥクトゥクやらが話しかけてくる。1台のトゥクトゥクはずっとわたしを後ろから追いかけてくる。道端には、動物のフンやゴミが散らかっており、ブダがそのゴミを漁って食べていた。朝5時ごろ。犬や牛は丸くなって休んでいる。チャイやフルーツジュースを売る人々は、元気そうだった。
 

バスに乗ったら

歩き続けて30分ほどたった。周りを見渡すとここがどこだか分からない。道に迷ってしまった。半ば諦めモードで歩いていたらバスがわたしの側で止まり、ターミナル3とわたしに伝える。お金がないことを伝えると、無料だから乗れと相手側が言う。

 
バスの後部座席には、空港で働いている人らしき人が3人いて一安心した。しかし、わたしを乗せた後、彼らはすぐに降りてしまった。これはまずいと思った。早朝。密室。わたし1人。何かが起こる気がした。案の定、バスの乗務員らしき人が、わたしの元にきて何かを差し出せという。英語を話しているようだったが、上手く聞き取れない。「何も持ってない。知らない。分からない」と言い張った。ここで弱気な姿勢でいたら、相手のペースに飲み込まれてしまう。緊張で全身の筋肉がこわばっていた。本当は泣きたいぐらいだ。
 
マネー?
 
ああ、ぼられるのかと悟った。早朝に1人で行動する自分が馬鹿だったと自分の失態を呪う。この際、命以外だったらなんでもくれてやると思っていた。空港で両替をしていなかったので、前回インドに行った残りのお金、150ルピーしか持ち合わせてなかった。これしかないよ、と降参して所持金すべてを突き出した。150ルピーがなくなったら、わたしはホテルにたどり着けなくなる。そんなことはどうでもよかった。が、その男は25ルピーだけを抜くと、レシートと残りのお金を返してくれた。どうやら、ボろうとしていなかった。でも、そのインド人の表情とドライバーがこちらを何度も見てくることと、外は真っ暗という、いろいろな状況が相まって恐怖で身体が震えていた。
 
ターミナル3に着くと、メトロという標識が見えた。それに従って歩くと、駅に着く。ニューデリー駅まで80ルピー。駅からゲストハウスまでの道のりは記憶をたどりにして行った。その途中でそっちは行き止まりだだの、俺についてこい、だのいろんな人を無視していかなれければいけなかった。デリーに来ると誰を信じたらいいのか分からなくなるが、信じるべきかそうじゃないかを何度も繰り返すとなんとなくわかっていく。それが、デリーの町のおもしろさだ。
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デリーで思っていたこと

インドを1人旅するにはある程度の英語、もしくは度胸とある種の諦めが必要だなと思う。インドだけじゃなくて、どの地域にも当てはまるかもしれない。英語が喋れるに越したことはないが、度胸があれば英語が喋れなくても問題ない気もする。

 
文化やルール、価値観、すべてが異なる海外で起こったこと、すべてを受け入れるために、諦めることがわたしには必要だった。もし、今乗っているバスが事故を起こしてわたしが死んでも、だれのせいにもせずただそれを受け入れるというような。デリーではずっとそんなことを考えていた。

 

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【第3話】アウェイな空間で一夜を過ごすことに

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気が付いたらそこはインドの入国審査だった。アライバルビザでインドで入国を試みたビグマユ。無事インドへ入国し、デリーへと向かう。

 フォトフォトのおばあさま

再度、荷物検査を受け、出国ゲートへたどり着いた。ベンチに座って一休み。搭乗まで1時間ほどあった。後ろから声がかかる。英語ではなくてインドで話されている言語らしく、全く理解できなかった。しかし、大事なポイントで英語を話す。

フォト、フォト
わたしと自撮りしたいのか?インド人は日本人と写真を撮りたがる。でもその人は一歩下がり椅子に座って手招きをした。椅子に座ってキメポーズをするから、その写真を撮ってという意味だった。1枚撮って携帯を返そうとしたら、3枚取れという。縦にして写真を撮っていたから、横の写真も欲しいかと思って、横にしたら縦でいいと言う。注文が多い。そんなに受注してねえようちは。やけになって、長押ししたら連写になった。結果、その方は満足したようだった。それにしても何のための写真だか分からない。

インディラガンディー空港

搭乗ゲートが変更したぐらいで、それ以外は何の問題もなかた。時間通りにデリー行きの機体へと入っていく。機内はシナモンの香りが充満していた。だれかが、シナモンを持ち込みしているらしい。インド人の体臭と相まって独特な匂いで充満していた。

 
またもや、席の真ん中になったわたしは今度は何が起こるのだろうかという好奇心でワクワクした。右側の男性は席に座った時から、モジモジしていて、トイレに行きたいというサインをこれでもか!というくらいに出していた。実際のところ、トイレには2回立ち申し訳なさそうな顔をして戻ってきた。体調が悪いのだろうか、少し心配になった。左側の男性は頭にターバンを巻いていたのでシーク教徒であるらしかった。

The times of india という英語で書かれたインドの新聞を読んでいて、感銘を受けた。英語が日常的に溢れている空間に彼は生きているのか。日常的に英語で新聞を読まないわたしからしたら、それはとてもすごいことに感じられた。その方は、わたしに「前の席空いてるよ。移動したかったら移動しな」と言ってきた。親切心からだろうが、わたしは当惑した。飛行機の座席というのは空席があるとしても、決められた自分の席に座るのがルールではないか。フランクに席替えなどしていいのか不安になったので、この場所でNo Problemと伝えた。

その後何も起こらず、背もたれに寄りかかって寝ると、首がもたげて質の良い睡が取れないので、前のテーブルをおろして顔を突っ伏した。30分ほどたったら、空港着陸のアナウンスが流れてきた。ここでも、シートベルト着用のチェックがないまま、無事インディラガンジー空港に着陸した。22:30ごろだった。
 

深夜デリーの空港で

デリー空港からデリー市内へ出る方法の1つであるメトロは、23時15分が最終だ。最終まで15分程猶予があったが、メトロの場所がどこにあるのか分からず、寝不足でもあったので、無理に動くことはせず空港泊することにした。が、寝る場所がない!どこをさがせど、空港は国適切と思われる場所が、全くなかった。前回来た時はトイレのすぐ横にベンチが6つぐらい並んでいて、アジア人の男の人とシェアして一夜を明かしたというのに!

 
唯一あったベンチはすべて先客がいて、わたしがお邪魔する余地がなく歩き続けたら、なんと!空港の外へ足を踏み出してしまった!!!!これまた失態。インドの空港は、一度空港の外へ出ると当日の搭乗券を持っていなければ、入ることができないシステムになっている。やらかした、ビグマユ。後悔しても仕方がないので、別の手段を探す。
 
出国ロビーに行き、さっき乗っていた搭乗券をセキュリティに見せるとやはり、NO。だが、別のオプションを与えてくれた。チケットカウンターへ行け、と。チケットカウンターに行ってみると、たくさんの人がそので夜を明かそうとしていた。しかし、外国人はわたしだけ。女の人は私含め2人だけ、というアウェイな空間で、案の定じーーっとガン見される始末。その場所は誰でも入れるので安全性が皆無。その上、居心地がすこぶる悪い。別の手段を探したが、誰でもウェルカム、メンズにジロジロみられる空間で一夜を過ごす他なかった。
 

セキュリティの甘い場所で寝たらイカ

7人ぐらいの家族連れがわたしのとなりに座った。床にご飯を広げてみんなでバクバク食べ始めている。23時過ぎている。夜食だ。太るぞ太るぞ。4歳ぐらいのベイビーも一緒で、子供を連れている家族は悪いことはしないと思い、安心感が少し増す。外国人とあまり関わったことがないのだろうベイビーちゃんは、わたしを見てから、踊り、またわたしの顔を確認して、わたしが笑うと照れて、母親の足に絡みついていた。全く、可愛すぎる。

 
安心感からだろうか、一気に眠くなってきて、普段背負っているバックパックを枕にしてゴロンと横になった。歯を磨く元気が無かった。本当に疲れている。とりとめもないことが頭の中にポツポツと浮かぶ。ベットや、安心できる場所はないけれど、こうして今日も命がここにある。それだけでいいや。あとは何もいらないや。とりあえず生き延びてる。ウトウトしてきた。声が聞こえる。誰かがわたしを呼んでいる。眠ってしまっていたようだ。目を開けたら、そこには、、<続く>
 

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【第2話】アライバルビザでインドへ入国@コルカタ

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  • コルカタ空港にて
  • アライバルビザでインドに入国
  • いざ入国審査へ

 


 

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タイにいるというのにすでにインド化していたようだった。一緒にビジネスをしようじゃないか、そう言ってインド人の男の人は早足でカウンターに向かった。

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コルカタ空港にて

【第1話】スワンナプーム空港からインドのコルカタへ

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目次

  • インドへの道のりですら面白い
  •  チェックインカウンターはすでにインドだった
  • インド人の踏襲
  • 予定不調和の世界を好きになれる?

 


 

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タイを満喫したあとはインドにやってきたよ。インドはヨガの発祥地。インドの首都デリーから鉄道で8時間ほどにある町、リシュケシュで国際的なヨガの資格RYT200を取得したい!インビグマユインド奮闘記。

 

インドへの道のりですら面白い

とうとう、ひとりになった。父が日本へ帰国し、大学の仲間らも日本へ帰国した。ひとりになると対話する相手が自分自身のみだ。携帯のメモ機能を使ってつらつらと綴って、自分が置かれた状況を観察してみた。インドへ向かう道のりですら、興味と疑問とが、ミックスになってわたしに押し寄せてくるインドへの移動日のこと。

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タイで毎日食べていたこれとお別れ

 チェックインカウンターはすでにインドだった

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2018年の夏休み タイ後半戦

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世界遺産アユタヤでヨガ

目次

  • 飛行機に搭乗できなかった...
  • バンコクに帰れなかった
  • 空港が嫌いになった

 


 

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ビグマユは2018年8月21日から8月31日までタイにいました。そこで感じたこと学んだことをここに綴ろうと思います。

 

「2018年の夏休み タイ前半戦」で、緊急時に携帯を使えることは便利ですし、(具体的な事例は次のブログに書きます)、と書いたので、後半戦は、その話からスタートしようと思います。

飛行機に搭乗できなかった...

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2018年の夏休み タイ前半戦

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タイの美容製品ってかわいくない?

・目次

  • タイの通信事情
  • 携帯はあるものを奪っていった
  • もしかして、旅の本質って

 


 

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ビグマユは2018年8月21日から8月31日までタイにいました。そこで感じたこと学んだことをここに綴ろうと思います。

タイの通信事情

タイ国内でどこでも安く通信できるようにしたかったため、タイについてからSIMカードを購入しました。今、わたしが日本で使っている携帯はiphone6なので、SIMロックを解除することができません。ということで、今回はメルカリを経由して、新品のiphone5シンガポール製)を購入し、タイのドンムアン空港SIMカードをぶち込んだ!

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タイでお世話になっているiphone5

日本の通信業界というと、docomoausoftbankと大手3社に独占されていて、2年縛り、通信費割高というイメージがあります。(格安シムがスタンダードになりつつある段階ですけれど)でも、タイは外国人向けに使い捨てのSIMカードが販売されていて、その値段も日本と比べると驚くほど安いです。例えば、タイでは有名のAISという会社のSIMカードは、4Gまたは3Gの7日間使い放題SIM(通話はついていないもの、ついているもののあります)は500円という安さ!

 

詳しいSIMカードの情報が知りたい人へ↓

タイについてから、SIMの購入する時間がもったいない人、もしくはタイ語や英語で店員と会話することが不安だという人は、amazonでタイのSIMカードを事前に買っておくのも良いです!ある人は日本からタイに向かう機内の中で、SIMの交換をして、タイについたらすぐ使えるようにするという、つわもののいるそうです。

携帯はあるものを奪っていった

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同性婚が認められているカナダで、「家族」として生きる。”海外移住”を選択した、さなさんへのインタビュー

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カナダ在住のさなさん

 

・目次

 はじめに

 制度だけでなく人々の考え方もアップデートされた国、カナダ。2005年に同性婚が認められてから、街中にはLGBTの象徴であるレインボーフラッグが掲げられ、同性同士で手を繋いで歩く人々の見られるようになったという。自身をレズビアンだと公表するさなさんは、同性のパートナーとカナダで生活しているそうです。

 さなさん自身のことやカナダでの生活のこと、また、日本に対してどのように感じているのか、さなさんに電話でお話を聞きました。

さなさんのプロフィール

さな

レズビアン20178月にカナダに渡航し、さなさんの同性パートナー(通称:Hさん 以下:Hさん)と結婚式を挙げる。現在は、さなさんとHさん、そしてHさんの娘とカナダでの3人暮らし。移住完了のために、永住権を取得している途中。趣味は料理。

 

時差のため、日本は朝、カナダは夜という時間帯でのインタビュー

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 レズビアンであることを自覚し、家族と対話を重ねる日々

 

 ──さなさんはご自身をレズビアンだと公表していますが、それを自覚したのはいつごろだったんですか。

好きな男の子ができないっていうのが最初の違和感で、それは小学生の時でした。修学旅行の時って「好きな人いる?」とか、「○○くん、かっこいいよね」とか恋の話で盛り上がるじゃないですか。でもわたしはその話に全然入っていけなくて。誰のことも好きだと思えなかったんです。

 

そのあと中学校、高校に進学しても好きな人はできなかったですけど、18歳の時に、付き合ってほしいと言われて付き合った彼氏がいたんです。でも、その彼のことを好きになれなくて、喧嘩もして。わたしの幼馴染の女の子に愚痴ってたら、その子が「そんな男だったら別れてあたしと付き合いなよ」って言ったんです。

 

びっくりしたんですけど、女の子と付き合うのもありなのかって思ったんです。幼馴染のことを好きかどうか分からなかったんですけど、人として好きだったから付き合ってみたんです。そしたらわたしがその子のことをすごく大好きになって。その時に、自分がレズビアンだと自覚しました。

 

 

──レズビアンだと自覚する前やその後、何か悩んだことや困ったことはありましたか。


レズビアンだと自覚する前は、わたしって人と違うのかなとか、何で好きな人ができないんだろう、って悩んだこともありました。あと、自分がレズビアンだと自覚して、カミングアウトしたときの相手の反応で困りましたね。

 

友達にレズビアンだと言っても、本当に好きな男に出会ってないからそう思ってるだけだよって言われたことがあったんです。本当に好きな女の子に出会ったから、レズビアンって自覚したのにな、って感じなんですけど。

 

 

──家族へカミングアウトしたときの反応はどうでしたか。


幼馴染の彼女と別れた後に、別の彼女ができて、その彼女を母に紹介しようと思ったんです。実際に紹介する前に、わたしは男の人じゃなくて、女の人が好きなんだよっていう話をして、わたしの彼女に会ってほしいと母に言ったんです。

 

その時に、いつもわたしの話を真剣に聞いてくれた母から初めて無視されて。そのあと母と何度も話をしても、「自分の娘がレズビアンだっていうのは、わたしは認めない」の一点張りでしたね。「テレビとかでは、レズビアン・ゲイ・トランスジェンダーと言われているLGBTの人は見たことはあるけど、自分の身内にはいないものだと思っている」とも言われました。

 

 

──家族とのコミュニケーションは、心の距離が近い分、難しそうですね。

距離の詰め方が難しいと感じますね。やっぱり家族は家族だし、大事に思っていることには変わりがありません。時間をかけて少しずつ、お互いが分かり合えるところを、探り探り見つけていくしかないなって思いますね。

 

──では、お母さんにカナダへ渡航することと伝えたときは、どんな反応だったんですか。

 移住するためにカナダへ渡航したっていうのはまだ言ってないんです。だから、これからも母と話をしないとなって。でも、今まで海外なんて興味が無かったわたしがいきなり仕事を辞めて、海外に行ったので、その背後に何かあるんじゃないかって、薄々気が付いているとは思います。でも、自分の娘がレズビアンだと確信したくないという気持ちが強いようなので、向こうからその話題には触れてこないんですけどね。

 

さなさんをレズビアンだと認めようとしない母を受け入れ、時間をかけて何度も対話を重ねる姿勢が魅力的に映る。自分を理解してくれないことに対する不満もあるだろうが、インタビュー中はそんな不満を感じさせず、根気強く、大切な家族と向き合おうとしていたように思う。それにしてもなぜ日本に住む家族を残し、カナダに渡航したのでしょうか。

 

カナダでは「家族」として認められる

 

──さなさんのパートナーのHさんも日本の方なんですよね?

そうです。日本で、レズビアンコミュニティのマッチングアプリを通して出会ったのがきっかけです。オンラインでやり取りをしていたのですが、実際に会うようになって、Hさんと付き合い始めました。

 

──お互いが日本人ということで、一緒に生活することが可能であるのに、なぜカナダに渡航したんですか。

お互いの趣味が海外旅ということもあって、旅の話で盛り上がっていた時に、Hさんが海外に移住したいと言っていたことがあったんです。ある日、「もしよかったら一緒に移住しない?」って誘われたんですが、日本の仕事辞めたら無職になるし、そもそも英語ができないし、って思ってためらってたんです。

 

でも、日本にいたら結婚できないっていうのが自分にとって大きくて。好きな人のことが大好きなのに、親にも周りにも言えないし、隠れながらずっと2人でこそこそ会う生活が続くのは、嫌だなと思いました。Hさんはもともと海外移住するって決めてたようなので、わたしはHさんのことが好きだから、一緒に行こうって決断してカナダにきました。付き合ってから3年経っていた時でした。

 

──どうしてカナダを選んだんですか。

Hさんはアフリカ以外、いろんな国を訪れたことがあって。訪れた国での生活や、海外の人との関わりを通して、移住するならカナダがいいって言ったんです。わたしが実際にカナダに住んでみると、そこに住んでいる人々はLGBTへの理解があると感じました。Hさんは既に旅中で、肌感覚を通して知っていたんだと思います。

 

──同性婚が認められているカナダで結婚式を挙げて、現在もカナダで生活されているようですが、生活していて、いいところや悪いところってありますか。

悪いところは今のところ特に感じてないですね。いいところは制度が発展しているということです。日本だと同性カップルは共通の財産を持つことができませんが、カナダだと共通の口座を開くことができます。同性カップルでも家族として保険に加入できますし、あとはビザの問題も大きいと思いますね。

 

Hさんは今カレッジに通っているので、学生ビザを取得しています。わたしはその奥さんとして、サポートビザ(家族としてのビザ)を取得しているので、わたしもカナダに滞在することができます。学生ビザだとバイトの制限がありますが、サポートビザだったら、アルバイトに制限がないんですよ。だから、わたしが働いて家計を助けることができます。それが便利ですごくいいなと思いますね。

 

──制度がすごく発展しているんですね

そうですね。あと、Hさんのことをわたしの奥さんですって、当たり前に言えることが良いですね。周りの人たちも私たちのことを見て、家族と認めてくれるので。日本にいた時、わたしの知り合いにHさんを紹介したことがあったんですけど、相手がすごく動揺してしまって、「それは仲の良い友達ってことなの?」っていう反応されました。

わたしがレズビアンであるというところから説明しても、結局分かってもらえなくて。だから、気持ちの面でも楽ですね。自己紹介のときに、自分がレズビアンで、同性同士の家族であるということを詳しく説明しなくても、すんなり理解してくれるので。あと、わたしたちを家族と認めてくれるのがすごく嬉しい気持ちもあります。

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誰かを傷つけることがないように、他者への想像力を

 

 ──日本のどんなところが変わって欲しいと思いますか。

LGBTの情報が、興味のある人にしか届かない所にある、ということですね。それによって、LGBTの人々が身近にいるということを想像させにくくしているんじゃないのかなって思います。例えば、LGBTのポータブルサイトは、興味がある人しか検索して見ないと思うんです。例えば、カナダを含めヨーロッパだと、小学校の図書館にLGBTの本が置いてあったり、本屋さんにもLGBTコーナーがあって、LGBT関係の書籍が平積みで置いてあったりするんです。

あと、いろいろなところにレインボーフラッグは掲げられているし、レインボーフラッグは
LGBTの象徴だっていうのは、すべての人にとって共通認識だと思います。生活の中にLGBT関連のものが簡単にアクセスできるようになっているのが、日本と全然違うなって。だから、自分からアクセスしないと情報が届かない上に、自分から興味を持って調べないと、LGBTがちゃんといるっていうのが、日本だとなかなか見えにくくなっていると思うんですよね。

自分の周りに、もしかしたら
LGBTがいるかもしれないっていう想像力を、すべての人が働かせられるような環境が日本でも整うといいなって思います。

 

──では、さなさんがブログを運営しているのは、周りにLGBTがいるよっていうことを発信するためでもあるんですか。

それもありますね。わたしのブログによく、Hさんとの日常の出来事を書いているんですが、自分のブログをLGBTカテゴリーにしていないんです。もしLGBTのカテゴリーに入れてしまったら、そのカテゴリーに興味がある人しか覗かないかなと思って。だったら、興味がない人にもLGBTに対して興味を持ってもらえるように、あえてLGBTのカテゴリーにはいれていないんですよ。LGBTだからといって特別扱いしてほしいわけではないんですよね。

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──最後に、LGBTを知らない人に向けて何かコメントはありますか。

「あなたの目の前にいる人はもしかしたらLGBTかもしれないよね」っていうのはいつも言いたいと思っています。わたしがレズビアンであることを知らない友達が、ある時に「ゲイの人って雰囲気で分かるよね」ってわたしに言ってきたことがあって。でもその友達の隣にいるわたしはレズビアンなんだけど、って思ったんですよね。()

相手への想像力がないと、相手を傷つけてしまうことがあるかもしれないので、LGBTだけじゃなくて何らかの少数派の人たちが周りにいるかもしれないっていうことだけ、頭の中に留めておいて欲しいなって思います。

 

おわりに

 

「日本にいたら結婚できない」、「わたしたちを家族として認めてもらえるのが嬉しい」という言葉が印象的だった今回のインタビュー。日本では同性婚が認められておらず、制度で証明できるものは、各自治体が定めるパートナーシップ制度のみである。もし日本でも同性婚が認められていて、日本に住む人々にLGBTの知識や理解があったら、さなさんは今でも日本で生活していたかもしれない。

 

さなさんにとってのより良い環境を、主体的に選択して行動した結果、今では幸せな環境で生活できていると見受けられた。しかし、さなさんのように「海外移住」や他の選択肢を選ぶ人は、ごく少数だと思われる。

日本に住んでいる同性同士のカップルが、長年一緒に生活を共にしても、周囲から「家族」として見なされず、切なさや不満を抱えて生活しているかもしれない。さなさんのインタビューを受けて、一刻も早く日本が同性婚を認め、多様なパートナーシップのカタチがあるという意識をすべての人に持ってもらいたいと感じた。

 

 取材/執筆:大瀧真優

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